家族の形は自由でいいと思う (Voicy書き起こし)

この記事はVoicyとYoutubeで配信されたものを、AIを使ってテキスト化したものです。 一部誤字脱字や表現のおかしい部分がありますが、元の発言を忠実に再現させたものになるのでご容赦ください。
こんにちは、ブロガーで作家のはあちゅうです。
今日は結婚について喋りたいと思います。
契約結婚という選択をしたとある夫婦の記事に感化されました
数日前にねとらぼっていうサイトに載ってたある夫婦のインタビュー記事を読んだんですね。それが面白かったから、ちょっとこれを題材にして喋ろうと思ったんですけどー、えっとね、「互いに性的独占をしない」「1年ごとに更新」―― とある夫婦が選んだ「契約結婚」という選択肢っていう記事なので、興味のある方はちょっと元記事をググって読んでみてください。
で、この記事に出てくる夫婦は、同居しているものの、法的な婚姻関係にはないらしいんですね。でこれってうちと一緒で、つまり戸籍上の婚姻関係ではなくて、事実婚という形を取ってるんですよ。住民票が一緒で、住民票が(同居人)ではなく妻(未届)っていうのがついてると思います、女性の方に。で、さらに1年更新制、互いに性的な独占をしない、経済的にはそれぞれ独立し、財布は別っていう独自ルールで暮らしてるそうですね。
うちもこの夫婦と共通点多いかも
うちも経済的には、独立…して…いるので、あと1年更新制ってのと、性的な独占をしないっていうのが、普通の結婚と違って、この夫婦はかなりオリジナルなのかなという風に思います。
でも、性的な独占…うちも…そうか、あの私は恋人はいないけど、旦那は仕事で異性関係を持つので、これもうちあてはまっていますね。なのでうちはちょっとこの夫婦と共通点が多いかもしれないです。更新制ってのだけが違いますね。うちは基本的にはその婚姻関係を継続するっていう前提で、チームを組んでいるので、それが一生なのかどうかわからないけど、基本的には…まあ…なんかのタイミングでどうしようかみたいなことを、更新の度に話し合うみたいな感じの制度は取ってないですね。人の意見に影響されたくないから、私はこの記事に対しての Twitter の反応とかは、もう一切見てないんですけど、この記事を読んで率直に言って、素晴らしいという風に感じましたね。
結婚というよりはルームシェアの延長
もちろんこれは結婚って考えた時に、その結婚という枠組みの中では違和感を持つ人がいるって言うのは理解ができるんだけど、これはそもそも結婚ではないと思うんですよね。いい意味で。あのなんかこの二人が、二人だけの生きていく形をお互いに合わせて作った結果、それが世の中的に結婚の…うーん結婚の種類の中に入るっていうだけで、別に…何か、うーん、わざわざその関係性に定義をつけなきゃいけないからこそ、結婚っていうものの、中に入ってるけど、でも始まりは別に恋愛ではないらしいので、なので結婚ってよりはルームシェアの延長というふうに考えてもいいのかもしれないですね。
ただのシェアメイトよりは深い関係だし、そもそも人間関係に、名前をつけるって、すごく難しいことだなっていうのを、この記事を読みながら思いました。私は、「通りすがりのあなた」っていう短編集…あのー、自分で言うのもなんですけど、かなりいい本なんで、もし興味が湧いたら読んでみて頂きたいんですけど、これ短編集で、人と人との間の家族でも恋人でもない名前のない関係性ばっかり描いてる本なんです。短編集なので色んな話があるんですけど、友達とか恋人とか、家族とかって、規定の枠組みにとられちゃうと、「この人は友達なのになんでこういうことしてくれないんだろう」とか「他の家族に比べてうちの家族が変かも」とか相手の期待をすごく持っちゃったりとか、比べてなんかそれを劣等化に感じちゃったりとか、世の中的な理想っていうのに惑わされて、自分たちの理想がわからなくなるんですよね。本当は人がそれぞれ違うように、家族とか恋人の形も全部それぞれ違っていいと思うんですけど、やっぱり…うーんどうしても名前がつく事によって、そこから外れてるかその中の…枠組みの中にいるかっていう、意識が芽生えちゃうんだと思います。
で、えっとこの通りすがりのあなたの中に、六本木のネバーランドっていう、短編があるんですね。私はその主人公達関係性がすごく好きなんですけど、ここに出てくる、この六本木のネバーランドの登場人物とかも、友達でもないし、でも恋人でもないし、やけど特別な一生続くような関係性っていうのを、保ってるんですよ。
名前のない関係はドラマチック
私はこういう生きていく中で名前のない関係を持ってることってすごい ドラマチックなことだと思っていて、名前のつく関係者よりも名前のつかない関係性をたくさん持っている方が、実はなんか人生って…うーん楽しくなるとはちょっと違うかもしんないけど、なんか秘密をたくさん持っている、ドラマチックな、あるいは、ちょっと映画的な人生になるのかななんていうことを思ってます。
なので、なんかこの夫婦のインタビューを読んで、顔写真とかモザイクがかかってましたけど世間の圧力とかに負けずに、自分たちの理想を突き詰めるスタイル最高だなっていう風に感じましたね。
もう一人「お父さん」がほしい
でなんかかね、この記事をね読んでいるうちに、私色々妄想が広がりました。本当に例えばの話なんですけど、うちの旦那は夜の帰りが結構お仕事で遅くなることがあるんですね。それはたまに寂しくて、もう一人はお父さんが欲しいなーって思うことがあるんです。それは、なんだろな、別に変な意味じゃなくて、変な意味に聞こえるかもしれないけど、別になんか旦那がお父さん役はしっかりしてくれてないからそれに不満があるとかそういうことじゃないですよ。ただなんか子育に関わる人って多い方がいいなーって感じていて、江戸時代とかねこの地域のみんなで子育てしてたらしいですけど、私も旦那も仕事があると二人だけで子育てするの大変だなって感じることがあって、もう1人2人大人が必要だなって思うことがあるんですね。
交代できる父親がいると人生がカラフルになる
あとは何か、うーん毎日お父さんとかお母さんっていうのをやってるとたまに疲れたりもするから、それで交代できるような人とか、一緒に面倒を見れたりとかする人がいると、人生がカラフルになるみたいな、感じに、思えました。だからなんか、毎日お父さん役はできないけど、たまにお父さん気分を味わいたいみたいな、暇を持て余してる人が、疑似家族として家に来て、息子と遊んでくれないかなとか、そんな妄想しましたね。なんか家族の補欠メンバーたいな感じで。
息子にしてもお父さんがたくさんいて楽しいと思うんですよ。私がこういう風に感じるのはちょっと親戚とかが近くにいないからで、親戚がすぐそばに住んでたりとかに助け合える関係だったら、わざわざそんなね、あの家族の補欠メンバーとかいらないかもしれないですけど、なんかお父さんが二人とか、楽しい気がする。ちょっと悩みがあっても、いろんな人に相談できたりとかして。
で、中にはねこういう話聞いてはお父さんが二人なんてかわいそうだって思う人もいるかもしれないけど、でも、そういう人でも、兄弟は多い方がいいっていう感覚は持ったりするじゃないですか。だからなんかお父さんが2人いるって言うの常識にとらわれて、思考停止になっちゃってるけど、でも実は、その家族のメンバーが増えるっていう、言い方を変えると、ちょっと良い風に聞こえたりとか、兄弟感覚でサブお父さんがいるのはね、楽しいんじゃないかなっていう風に思いましたね。
家の中にいろんな価値観があるのはいい気がする
家の中にいろんな価値観があると、心がね自由な子が育つような気もするし、まお父さんがたくさんいると新たな問題が出てくるかもしれないですけどね。こっちのお父さんになつくけど、お父さんにはなつかないとか。なんかお父さんに感じるジェラシーとかね。
結婚は「重たい」
結婚はそもそも結構重い制度ですよね。これだけたくさんの男女がいる中で、人生のパートナーは一人だけしか選べないって、結構重い選択じゃないですか。これがね、2人とか3人とかだったら、もうちょっと軽くなるのかなとか、そんな社会があったら楽しいんじゃないかなって思ったりもします。この関係を「都合がいい関係」っていう人もいるかもしれないけど、都合のいい関係ってその都合が誰かに偏ってると問題になっちゃうんですけど、みんなにとって都合がいいんだったらそれは新しい幸せの形なのかなという風に思いますね。
この夫婦が撮ってる一年更新制っていうのも、すごい緊張感があっていいなって思いました。来年は更新しないかもしれないと思うと交信したいほうがよりも自分の振る舞いっていうのを見直してお互いに良い距離感を保てるかもしれないですよね。
事実婚は「カスタマイズ婚」
私は事実婚っていうのは、結構カスタマイズ婚だなっていう風に感じていて、私は結婚したかったけど、その理由って周りに彼とのチームとして見られたいっていうだけで、でも苗字は変えたくないなとか、お互いにその、今の関係性が崩れるような変化は嫌だなって感じてたんですね。で、ね、事実婚と思ったら親戚付き合いのこととか結婚にまつわるあしなきゃこうしなくちゃとか、なんか妻みたいなこととかをあまり意識せずに一から自分たちで私たちはこうしたいってことを変えることができたんですよね。
家族のスタイルを呼び名から変えていくスタイルは幸せになるための本質
別に結構普通に結婚して苗字が変わっても、考え方が自由にできる結婚というのもあるかもしれないですけど、どうしてもドラマとか映画とか世間とかの影響を、育っていく中で、頭の中に刷り込まれていて、親としてどうだろう、妻としてどうだろう、夫としてどうだろうみたいな、固定観念に振り回されることってゼロにはできないという風に思うので、家族のスタイルを、うーん制度とか、呼び名から考えていくっていうスタイルは、すごく幸せになるために本質的な…事…行動だなという風に思いましたね。
江國香織さんの小説に出てくる家族は「家族観」にとらわれていないくて好き
ちょうど私に何か新しい家族の形をテーマにした小説を書きたいなって思ってたので、なんかインスピレーションをもらった気がしましたね。ちなみに新しい家族の形とは、という風に呼ばれてないけど、江國香織さんとかの小説に出てくる家族は、結構ね、家族観にとらわれてなくて好きですね。
友達感覚の親子とか、なんかすごく親としての自覚がない親みたいな、登場人物が小説の中に出てくるんですけど、そういう自由な価値観とか、あのー、役割に縛られずに、個としての自分を持っていたりとか、個性をしっかり保てる人とか、そういう自由な家族に昔から憧れてますね私が。いま自分の自身の家族のかたちにすごく不満があるわけではないんですけど、家族ってこうじゃないかっていうものに縛られると、時にそれが自分の幸せよりも家族ってこうだって物を重視しちゃう気がするので、なので、常に思考を自由にしていかなきゃいけないな、そのためには既存の制度に対して疑問を持つことも必要だよなということを改めて考えるような記事でした。
そんな感じでーす。
ではではまた。